はははのトモりん不食日記エピローグ

私は導かれて今不食の世界への探求を続けています。この日記ではどうやってそこに導かれてきたのかについての備忘録を綴ってみたいと思います。

さて突然ですが、最初にこんな質問をさせて下さい。あなたの人生は充実していますか?

 月曜日の朝を迎えた時に、希望に満ちた気分ですっきり目覚める事が出来ていますか?無意味でどこにも行着かない毎日や仕事にうんざりしていませんか?あるいは四六時中支払いや家計の心配が頭から離れずに、何をしていても楽しくない、そんな経験は有りませんか?

実は私もほんの少し前まで、月曜日の朝が来ると憂鬱になり、どこにも行着かない毎日にうんざりし、月末になると常に支払いの心配をして、どこに出かけても楽しくない。そんな状態に陥っていました。

しかもその後何年も、お池にはまってさあ大変状態が続いたのでした・・。でもどうしてそんな状態に陥ったのかって?それについても少しお話しますね。

  

とにかく自分が大嫌い!あなたもこんな経験ありませんか?

 震災前年の2010年、私は矢山先生が主催するバイオレゾナンス医学会のイベントに出席しました。その時のテーマは確か歯科と医科の統合医学だったと思います。当日は矢山先生を始め各講演者の先生の、症例発表が続きました。時効だから告白しますが、お昼の後の公演はかなり眠く、意識は途切れとぎれでした。


しかしながら、もう終演が近づいた頃、発表者の先生が突然それでは本題に入りますと言って何やら神妙な面持ちになり、スライドはツインタワーに飛行機が突っ込んでいる911事件の映像に切り変えられました。そして壇上にはなぜか医療ジャーナリストの船瀬俊介さん。

突然目が覚め、「え?何どうしたの?」と、固まってしまいました。そして会場からはざわめきの声。壇上の先生はスライドを何枚か切り替え「こんな角度で飛行機が突っ込むなんて有りえない。これはCGで、ビルの破壊はしかけられた時限爆弾だった。」などとその時の私にとっては意味不明の事を言っていました・・

更にスライドは黒い棺のようなものが積み上げらた写真に切り替わり、これは米国のFIMAが用意している棺で、これから予防接種を使いインフルエンザを蔓延させる大規模テロで、大量の死者が出るからそれに備えている。

ざっとこんな話がなされたと思います。当時はそのような話は初耳で「何それ?私たちお金払って臨床の話を聞きに来たのに何言っているの?」と、同行した先生と顔を見合わせ公演途中で会場を後にしました。(矢山先生、船瀬先生ごめんなさい。)しかしながら、一度開かれた扉は閉じる事はなく、その後また違う信頼を置いている方から再び、予防接種やフッ素の害について聞きました。

何度も同じ話を聞いて無視できず、その後は毎日朝から晩までネットサーフィン。その時特にお世話になったのが、フッ素についての真実の詳細を書いてくださっていた、THINKERさんと村上徹先生が運営されていたフッ素毒警告サイト。残念ながらフッ素毒警告サイトはクローズになってしまったのだけど、明海大学歯学部の筧 光夫先生のラマン顕微鏡を用いた研究のリンクが掲載されていました。(要点はこちらのページに記載してあります🎵)

それが自分の中では決定的な証拠で、金輪際フッ素は使わないと決心。が!しまった・・。フレンズ歯科はフッ素を使った予防中心の歯科医院だった。でも一度決めた事は敢行。患者様お一人おひとりに、フッ素はもう使わない事をご説明して謝罪しました。その節は本当にご迷惑をお掛けしました。またスタッフ達には突然の決定によく付いてきてくれて本当に感謝しています。いつもありがとうね!

しかしながら、それまで良かれと思ってやっていた事が効果がないどころか、子供達に有害だった可能背があると知って私のガラスの様に脆かったアイデンティティーは粉々に砕け散りました。その後私のエゴは長いこと、「とにかく自分が大嫌い!」になってしまったのでした(トホホ・・手のかかる子だね〜と、ハイアーセルフの声が聞こえてきそうですね・・)

それが自己否認のお池にはまった瞬間です。その後はもう色んな状況が下降線でトホホな状態に💦しかしながら、そんな状況になったからこそ気づいた事も有りました。

 

大切だと思ってた事を手放した後で

 思えば私たちは食べていく為に一生懸命学校で勉強し、やがて社会の歯車になっていきます。そして歯車になったその先で、どこにも行き着かないかもしれない不安を抱えながらも、少しでも前に進む為の目標を掲げて必死にもがいていることもしばしば。


歯科医院を経営していた私は、地域に貢献するという一方で、自費を増やし売り上げを上げるという目標を、掲げていました。そして目標達成が当時の自分にとってはとても大切な事でした。

もちろん自分がやってきた事の意味を知るまでは、それで良かったのかもしれません。でもフッ素や医療の別の側面を知り、自分はどこにも進んでいなかったと気づいた時、なんとも言えない喪失感を感じました。

 

いったい今後は何を目標に人生を歩んでいったら良いのか?正直途方にくれました。(リタイアをして突然家にいる事になった世の中のお父さんの気持ちがわかります😊)しかしながら、無力感に襲われながらも日々の臨床をきっぱり辞める勇気もなく、日々治療で泣き叫ぶお子さんと対峙しながらずいぶん長い事ゾンビの様に暮らしていました。

 

しかしながら、私はある記事を目にして、同じゴリラでも野生のゴリラは虫歯にならないけど、動物園のゴリラは虫歯になる事に気づき、「ああ〜人間は自然から離れた食べ物を食べる事で自ら虫歯や病気を自ら作っていたんだ!」思わず心の中でそう叫びました。

「では、一体人間は本来何を食べる動物なのか?」私はその質問に答える事ができませんでした。そこが私の旅の出発点でした。人間の本当の食べ物を求める旅です。そして最近になって、この旅が実は自分の人生の青写真と繋がっていた事に気づきました。

 

人生の青写真

あなたの人生の青写真には何が書かれていますか?

青写真はブループリント、人生の目的、ライフパーパスと言い換えても良いかもしれません。あるいはあなたが地球に来る前に決めて来た事。青写真はまだ先入観や常識に根ざして思考する前の、幼い頃の興味と結びついている事が多いかもしれません。

私の場合には幼い頃の興味は、ずばり「死んだら人はどうなるのか?」でした。そしてその頃の私の予想は、この世は夢みたいなもので、眠りにつく時には元の世界に帰り、そして元の世界の自分が夢を見るとまたこっちの世界に帰ってくるに違いない。そんな風に考えていました。それで、大人を捕まえてはそんな質問を度々していました。しかしながら、みんな口を揃えて「あの世なんかない!死んだら人はお終いだ!」そんな風に聞かされました。私の周囲には物質至上主義の輩が多かったのです。おかげでそれからというもの、刻々と死に向かっている事が決まっているこの人生が怖くてたまらなくなってしまったのです。

「死んだらお終い!」その考え方は子供の私にとって、恐怖以外のなにものでもありませんでした。でもこころの奥底では、大人に教えられたその考え方を覆したいという熱い思いがありました。多分死の恐怖から自由になりたかったのですね。「死は魂が永遠に眠って元の世界に戻っていく行く事」何がなんでもこの事を思い出さないといけない!小さい頃からそんな事考えていました。

だから、この世と違う現象を垣間見せてくれる、超能力、UFO、心霊現象そんな話が大好きでした。大人になってからも、もちろんそんな話が大好きだったので、意識の世界の可能性を垣間見せてくれるセミナーなどにも足繁く通っていました。そんなセミナーハンティング活動の一環として、催眠療法のセミナーに行った時にとても素晴らしい出会いがありました。

それは「分子整合医学」との出会い。そしてその後は次々と導かれる様に栄養に関する情報が私の元に、届けられる事になるのですが、それについてはまた次回ご紹介しますね。